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2007.12.24 (Mon)

「空の境界 上」 奈須きのこ 評価 8

空の境界 上 (1) (講談社文庫 な 71-1)


あらすじ

まだ中と下巻のすべて話を読み終わってないのと、
あらすじ自体をうまく書けそうにないので省略。
(時系列が意図的にバラバラの内容となっている)

感想

伝奇ものにまともに触れるのは初めてなんだけど、正直これはすごい。
何がすごいかっていうと、もちろん独特の文体が魅力的とかはあるけど、
各キャラクターが持ってる哲学みたいなものがとても良い味を出していること。


いくら正しくても立派でも、死を選ぶのは愚かなんだ。
僕らは、たぶん、どんなに無様でも間違っていても、
その過ちを正す為に生き抜かないといけない。
生き抜いて、自分の行ないの結末を受け入れなくてはいけない。



「いいかい。人格というのは医学的に、
”個人が外部からの刺激に反応し、それに対応する現象”と表現される。
人の精神……優しさや憎しみは、人間の内側からだけじゃどうしても発生しないんだ。
心は外部からの刺激がなければ働いてくれない。
そのために痛みがある。
痛まないということは冷めている、ということなんだ。
先天的な無痛症患者は人格に乏しい。
いや、作るのが難しい。
成長過程で人格の形成がうまくいかなかった者は、長く無感動な自身と向き合うことになる。・・・」



境界は不確かだ。定めるのは自分だというのに、決めるのは外側になっている。
なら初めから境界などない。世界はすべて、空っぽの境界でしきられている。
異常と正常を隔てる壁なんて社会にはない。
隔たりを作るのはあくまで私達だ。



人間は痛みがあるから危険が判る。火に触れて手を引っ込めるのは手が燃えるからか?
違うだろう。手が熱い、つまり痛いからだ。
そうでなければ、我々は手が燃えつきるまで火という物の危険性が判らない。
傷は痛むのが正しいんだ。それがない者は人の痛みが分からない。



……罰っていうのは、その人が勝手に背負うものなんだと思うんだ。
その人が犯した罪に応じて、その人の価値観が自らに負わせる重荷。それが罰だ。
良識があればあるほど自身にかける罰は重くなる。
常識の中に生きれば生きるほど、その罰は重くなる。
浅上藤乃の罰はね、彼女が幸福に生きれば生きるほど重くて辛いものになる。


共感できるものがあったり、なるほどと思うものがあったり。
ストーリー展開も面白い。
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